現代文は勉強しても意味がない?―「よりよく生きる」ための現代文講座―

2017年11月20日 月曜日 投稿

こんにちは、キズキ共育塾スタッフの村田綾香です。

今回は、元国語教師として、「現代文」という科目のお話をしようと思います。

今回のお話はやや高度な内容を含むため、難しく感じるかもしれません。難しく感じた方は、現代文の勉強をし始めませんか?

反対に、この文章がスラスラ読めれば現代文読解力はついているも同然です。それなのに「なぜか成績が上がらない」という方は、「解答のテクニック」が身についていないのかもしれません。そんな方も、ぜひ勉強してみましょう。

成績が上がると同時に、「よりよく生きる」ことができるようになると思います。

なぜ、現代文だけが勉強しても解けるようにならないのか?

まず、私が現役の教員時代に生徒さんから最も言われたことは、
「現代文は勉強しても成績が上がらない」
でした。

「現代文はセンスで解くものでしょ?」
とも言われました。

しかし、断言しますが「現代文はセンス(=感覚)で解くもの」ではなく「論理的に解くもの」です。

センスで解いているように見える人も、論理的な解き方が身についているのです。

これは、現代文に限らずどの科目においても同じことです。

ただしもちろん、これもどの科目にも言えることですが、論理的思考力があっても、知識がなければ問題は解けません

現代文の場合、「どんな知識が必要か」ということをまとまった形で教えられていないことがほとんどなので、「勉強しても解けない」と思われがちなのです。

例えば「現代文は勉強しても成績が上がらない」と言う人に詳しく話を聞くと、こんなことを言います。

「数学や英語は問題演習すればするほど解けるようになるけど、現代文はそうではない。同じ文章は二度と出ないし、問題を解く意味が感じられない。」

これは本当でしょうか。

まず、大学受験の「現代文」の試験で同じ文章の同じ部分が使われることはよくあるので、あなたが同じ文章に二度出会っていないのは偶然です。

「英語や数学では同じ(ような)問題によく出会う」のなら、それはあなたが「英語や数学の過去問はよく解いているけど、現代文の過去問はあまり解いていない」ということかもしれません。

次に、「問題を解く意味を感じられない」についてはどうでしょうか。

英語や数学で問題演習をすれば解けるようになるのは、問題を解いた後、なぜ間違えたのかを振り返って学習するからです。

英語で解答を間違えたのは英文が読めていなかったから・正しく理解できていなかったからだと思い、単語や熟語・構文の見直しをしますよね。

数学でも公式の使い方を確認したりしますよね。

それが現代文ではなぜか行われないことが多いのです。

あなたは、現代文のテストや模試の結果をきちんと見直し、なぜ間違えたのかを確認していますか?

「読めているのになぜか解けなかった」と思っていませんか?

そこであえて問いますが、あなたは、本当にその文章が「読めて」いますか?

英語で言うところの単語や構文、数学で言うところの公式などをきちんと理解し、「読めて」いますか?

日本語を母語としている人が日本語の文章は「読める」と思うのは当然ですが、実際には「読めていない」から解けないわけです。

「語彙力の強化で読解力は上がる」

例えば、「日本語による日常会話」が難なくできても、受験現代文の文章には、日常会話では使わない言葉や表現がたくさん出てきます。

例えば、以下の例文を参照してみましょう。いずれも現代文の評論で頻出の執筆者による文章です。
下線を引いた言葉や表現の意味を、きちんと理解し説明ができますか?
できないものは、辞書で調べて覚えようとしていますか?


○フロイトなら、これを幼児が理由もわからずに母親から拒絶される原体験遡行して考えるかも知れない。(柄谷行人『反文学論』)


○要するに現実の言語では、あるクレタ島人が「すべてのクレタ島人は嘘つきである」と言ったとして、実際にここにいわれているようなアポリアパラドクスを受けとって困るような人は一人もいないのだ。(竹田青嗣『哲学ってなんだ』)


○ニュートンにとって、彼の理論の正しさは、世界のいたるところに遍在する神によって支えられていたのである。(広重徹『近代科学再考』)


どうでしょうか。わからなかったら、辞書を引いて調べてみましょう

英単語の勉強をするのと同じく、現代文の単語も、勉強しなければ受験現代文を読めるようにはなりません

現代文の勉強の第一歩として、語彙力を強化するところから始めるのがよいでしょう。

背景知識を得れば、理解度も上がる

語彙力を強化するだけでも「読める」度合いは上がりますが、実はもう一つ、もっと大事なことがあります。

それは、文章が書かれた背景への理解を深めることです。

当然の話ではありますが、「現代文」とは、「現代のことについて書かれた文章」のことですね。

そして「現代のこと」とは、より詳しく言えば「現代が抱える問題点」のことです。

ですから、「現代が抱える問題」とは何か、またそれが生まれた原因は何か、といったことを知っていれば、文章を把握することが容易になるのは言うまでもないでしょう。

もちろん「現代が抱える問題」とは挙げればキリがない程に存在しますし、その原因も単純明快なものではありません。

ですが、一つの出発点として「近代化」という概念を押さえることがとても重要です。

一般的には、「産業革命」(及び付随する「市民革命」)以降の考え方の枠組みのことです。

誤解を恐れずに単純化すれば、「理性的な人間中心主義」の時代を言います。

これにより、植民地主義が生まれ、世界大戦が勃発しました。
これにより、自然環境破壊が生まれました。

もちろん、人が人を支配したり、闘争が起こったり、自然と対峙したり、ということは太古の昔からありました。

しかし、昔のそれと現代のそれでは、問題点が異なるということです。

問題の出発点を理解していなければ、核心を捉えることはできません。

さらに現代では「ポストモダン(近代の後)」ということも言われて久しく、問題はより複雑になりつつあります。

その複雑化した諸問題解決へのヒントを探る文章が、「現代文」なのです。

まずは、どんなテーマがあるのか、ということだけでも押さえておくと、随分読み方が変わってくるでしょう。

その中で、自分の興味がある分野から、少しずつ知識を増やしていくのがよいと思います。

例えば、限りあるエネルギー資源に対する姿勢を問う評論文はこれまでもたくさんありました。

産業革命以降、工業が活発になりエネルギーを大量消費したことで資源が枯渇してきたからです。

さらに近年では、原発問題とも絡んで大きなトピックとなっています。

また、文化・文明の違いを乗り越えグローバル社会にどう対応していくかということも議論されて久しいです。

文化・文明的衝突が世界中で頻発し、予断を許さない状況となっている昨今、知っておきたいテーマの一つです。

あるいは、「女性の活躍」についてどう考えるか。「情報化社会」についてどう考えるか。

などなど、これらはAO入試をはじめとした小論文課題でも頻出のテーマです。

最近では、これらの主要テーマと語彙が一気に勉強できる簡便な参考書もたくさん出ていますので、一冊手元にあるとよいでしょう。

「基礎的読解力」―「論理的に解く力」と「背景知識」

ところで先日、国立情報学研究所の研究グループによって、「基礎的読解力」に関する調査結果が発表されました(※)。

それによれば、現代の中高生の「基礎的読解力」には問題があるようです。

ここでは「基礎的読解力」を二つに分け、
「文の表層的な情報を読み取れる能力を測るもの」及び
「文の意味を理解し、正しく推論を実行できる能力を測るもの」
と定義しています。

前述の話に照らし合わせると、
「文の表層的な情報を読み取れる能力を測るもの」に必要なのは「論理的解決力」で、
「文の意味を理解し、正しく推論を実行できる能力を測るもの」に必要なのは「背景知識」です。

そして「語彙力」はそのどちらのベースにもなっています。

実はこの「基礎的読解力」は、現代文だけに関わる話ではありません。

まず「論理的に解く力」は、「与えられた情報から、課題を解決する能力」と言い換えれば、すべての教科において問われるものです。

そして「語彙」とは、それぞれの教科に関する「共通言語」と言い換えることができます。単純に、「記号」あるいは「専門用語」(数学を理解する「記号・専門用語」、理科を理解する「記号・専門用語」などなど)と考えてもよいでしょう。

「背景知識」の重要度に関しては、教科によって濃淡はあるものの、あえて言い換えれば「その世界における共通理解」というところでしょうか。

そして現代文においては、「その世界における共通理解」の範囲も広いため、意識的に教えることが敬遠されてきたのだと思います(つけ加えると、「共通言語」の範囲も膨大です)。

しかし現代文では、難度が上がれば上がる程、この「背景知識」の重要度が増してきます。

また先程の調査でも、この「共通理解」を必要とする部分、「正しく推論を実行できる能力」に、より大きな問題が生じている結果が出ています。

これはつまり、「背景知識」の有無が、現代文読解の大きな鍵を握るということでもあるでしょう。

テストのためだけではなく、「よりよく生きる」ために重要な現代文

今回は、「現代文は勉強する意味がわからない」「現代文は勉強しても成績が上がらない」という声にお応えしてきました。

現代文は、「勉強できない科目」「勉強しても意味がない科目「ではなく、「勉強すれば力がつく科目」です。

このことを、頭にとどめてもらえればと思います。

さらに、テストで点が取れるだけでは、本質的には「現代文は勉強しても意味がない」という主張への答えになっていないかもしれません。

そこで最後に一言だけつけ加えると、現代文は、「よりよく生きる」ためにも重要な科目です。

なぜなら、現代文を勉強することは「社会と向き合うこと」とも言えるからです。

これまで述べてきたとおり、現代文とは「現代社会を反映した文章」です。

自分が生きている社会が、どんな社会なのかを知らなければ、その中で自分がどのように生きて行きたいかをポジティブに考えることは難しいでしょう。

そして、現代を読み解き、その中で自分の望む生き方を言語化する(≒実現する)力も、現代文の勉強によって養うことができる能力です。

キズキ共育塾には、そういった「背景知識」を興味深く解説してくれる魅力的な講師がたくさんいます。ぜひ一緒に勉強してみませんか


文中の写真は、全てイメージです。


(※)デジタライゼーション時代に求められる人材育成(公益財団法人 NIRA総合研究開発機構)(PDFが開きます)