高校3年の秋に行事での人間関係や両立に疲れ、不登校となった馬渕貴裕さん。保健室登校で高校を卒業したものの、卒業後に通い始めた大手予備校では集団授業のスタイルが合わず、夏に退塾を余儀なくされます。

その後、体調や生活リズムを整える時間にあてた後、勉強を再開する中で出会ったのがキズキ共育塾でした。

こぢんまりとした空間や講師からの「できなくてもいいから取り繕わないでくれ」という言葉に救われ、キズキを外出の機会や勉強のペースメーカーとしながら受験勉強を継続。見事、第一志望の北海道大学合格を果たしました。

不登校や予備校挫折からの再スタート、そして合格までの道のりと心の変化を伺いました。

学校行事で人間関係に疲れ果て不登校に

僕が不登校になったのは、高校3年生、2023年の秋頃のことです。僕の通っていた高校は行事に非常に力を入れる学校で、行事と受験勉強の両立が求められていました。

ただ、クラス内には行事への熱意の差があり、受験勉強に集中したい生徒は行事に参加したくない、ということも珍しくありませんでした。

僕は行事の中で中リーダーのような立場にいたため、行事に全力を注ぐリーダー層の熱意と、やる気のない層との間で板挟みになったのです。

その人間関係に疲れ果て、行事が終わった後もクラスの雰囲気が苦手になり、じわじわと学校へ行けなくなっていきました。

出席日数や成績はギリギリで、保健室登校で課題をこなすことでなんとか卒業自体はできました。卒業は、2024年の春でした。ただ、精神的にはいっぱいいっぱいでした。

一番ひどかった高校3年の秋頃は、学校に行けない日はベッドから起き上がることすらできませんでした。現実から目を背けるように、YouTubeでゲーム実況の動画を1日中流し見したり、無料Web漫画を何種類も周回したりして過ごしていました。

頑張るあまり自分を後回しに…大手予備校で直面した限界

高校時代も卒業後も、大学に行きたいという思いはありました。そのため卒業後は浪人することにして、大手予備校に通い始めました。

そこを選んだのには大きな理由はなく、「浪人するならそこ」という周囲の雰囲気に流された部分が大きかったです。「ここでちゃんとやればどこかには行けるだろう」という思いもありました。

しかし、夏を迎える頃に限界を感じて退塾しました。大人数の中で講師が1対多で進める集団授業スタイルが合いませんでした。

大手予備校に入れば1浪のレールに乗って進めると思って頑張っていました。でも、高校時代はとにかく卒業することだけに全力を注いでいて、その後も自身のケアを怠っていて、自分自身と向き合えていなかったことに気づいたのです。

予備校を辞めてからは病院を受診し、具体的な病名はつきませんでしたが、不安症状を和らげる薬を処方してもらいました。病院は、思いを話す場所にもなりました。

そこから2025年の春までは、睡眠時間を一定に保ったり外出したりしながら、生活リズムや体調を整えて自分と向き合う時間を過ごしていました。

「塾っぽくない」雰囲気に覚えた安心感

1浪目の受験シーズンが終わる頃、勉強を少しずつ再開していました。

自分の舵取りに慣れてきて、精神的に楽になっていたため、勉強にブランクがあっても「できなかったらもう一度やり直せばいい」というマインドで、調子の波と付き合えるようになっていました。

ただ、勉強を一定して進められている状態ではありませんでした。

また、数学などに強い苦手意識があったこともあり、「これから1人で勉強を進めていくのは厳しい」と感じていました。

そんなときに、母が「こういう塾があるよ」とキズキを見つけてくれて、横浜校に話を聞きに行くことになりました。

面談で担当してくれた方は、僕と同じスポーツをしていたので、その話などをしました。物柔らかで非常に話しやすい人でした。

横浜校はマンションの一室でこぢんまりとしており、いい意味で「塾っぽくない」雰囲気が自分には合っていました。

「また集団塾に通うのは嫌だ」「ここなら精神的な負担にならなさそう」という思いから、入塾を決めました。

「取り繕わないで」の言葉に救われた

僕にとってキズキで一番大きな出来事となったのは、数学の先生との出会いでした。

先生は僕に対して「勉強ができなくてもいいから、できている・わかっているように取り繕(つくろ)わないでくれ」という趣旨の言葉を言ってくれたのです。

それまでの僕は、周囲に対して「大丈夫な自分」を取り繕ってしまうことが多かったため、その言葉に救われ、この先生のもとで素直に頑張っていこうと思えました。

キズキでは複数の科目を受講したのですが、その中でも数学は大きく成績が伸びました。

また、この先生は僕と年齢が近いこともあり、少し上の友達と話しているような自然体で授業を受けることができました。

僕がいつも持って行っていた、ご飯と缶詰と野菜ジュースの「栄養はあるけれど見た目が独特なお弁当」を失笑されたのも良い思い出です。

今日は3コマも受講した。これは「勝ち」だな

キズキでは、講師を無料で変更してもらえます。

「悪い人ではないのだけど、僕とは合わない」という先生についてスタッフに相談したら、迅速かつ丁寧に変更対応をしてくれました。そのおかげで、自分にぴったり合う先生たちに出会うことができました。

最初のうちは遠慮して言えなかったのですが、もっと早く伝えていればよかったと思うほど、このシステムには救われました。

また、キズキ共育塾は、外出の機会であり、勉強のペースメーカーでもありました。

当時の僕は、勉強に取り組んだ時間を重視していました。なので、キズキで授業を3コマ受けた日には「今日は長時間勉強したな、これは勝ちだな」と思ったり、家でずっと集中するのが難しい日には「半日家で頑張った。後はキズキに行けば授業でもっと勉強できる」と思ったりしていました。

受験勉強には、「受動的な勉強(授業を聞く勉強)」と「能動的な勉強(自分で進める勉強)」があると思います。

キズキ共育塾での学び方は、このバランスがすごくよかったと思います。最初に通っていた大手予備校と比べてもそう思いますね。

追い詰めない受験戦略。共通テスト後に決めたあこがれの北大出願!

僕は、人が多いところが苦手なので、大学は落ち着いた環境がいいなと思っていました。高校時代にいくつかの大学のウェブサイトを見ていて、特に北海道大学に強く惹かれました。

同じく高校時代には、父と一緒に北海道大学のキャンパス見学に行きました。実際に現地を見てその想いは強くなり、「このキャンパスに通ってみたい」と思っていました。

しかし当時の状況としては、「北大に行くために勉強する」と決めつけると自分にプレッシャーをかけて追い詰めてしまうと考え、あえて「1年勉強していけるところに行こう」と思い込むようにしていました。

その結果、追い詰められずに済み、非常によかったと感じています

実際に、「北海道大学に出願する」と決めたのは、共通テストの後のことです。「共通テストで点が取れたら第一志望の北海道大学に、取れなかったら別の大学に」とあらかじめ幅を持たせておいたのです。

共通テストの自己採点後、先生やスタッフさんと相談しました。点数、北海道大学への強い憧れ、過去問の手応えなどを総合的に検討して、最終的に北海道大学の一般受験(総合入試)を決定しました。

合格発表の瞬間は、家族全員でスマホの画面を見守っていました。合格が分かった瞬間に全員で「わーっ」と叫びました。

まさかここまで来られるとは思っておらず、驚きと嬉しさが混ざり合った、人生で経験したことのない感動でした。

合格がわかった後、数学の先生と握手をしたのも印象深い思い出です。分からない問題に対して一緒になって悩んで解いてくれた先生の存在があったからこそ合格することができたと、心から感謝しています。

札幌の環境を満喫する大学生活

北海道大学では、1年生は全員「総合教育部」に在籍します。僕も現在(2026年10月)、その1年生です。

僕のように総合入試で入学した学生は、2年生になるときに学部を選択します。希望の学部へ進むためにはよい成績(移行点)を取る必要があり、日々勉強に追われています。

そのため、世間で言われる「人生の夏休み」のような大学生活ではありません。でも、湿気がなく清々しい夏の気候や、自然と都会が融合した札幌の環境を満喫しており、散歩をするだけで毎日が充実しています。

サークル活動などにも興味はあるのですが、僕は「両立」が苦手なので、現時点では積極的には動いていません。2年生になって移行点のプレッシャーが落ち着いたら、もっと多様な活動に挑戦していきたいと考えています。

キズキでの会話で軽くなった精神的負担

キズキに通ったことで、成績以外にも大きな変化が起きました。大学に入ってからは、以前ほど集団授業に苦手意識を感じなくなりました。いい意味で適当になれたのです。

「この講師は、話は難しいけれど、プリントは分かりやすい。じゃあ、プリントを見て自分で進めよう」といったように、力を抜いて柔軟に対処できるようになりました。

かつては何事も「決まったやり方でカチッとやらなければ」と力んで疲弊していましたが、自然体で過ごせるようになったのです。

不登校になってからは新しい人間関係を作る機会がありませんでした。キズキに入ったことで先生やスタッフたちといった「少し年上の大人」と接する機会ができて、人と話す際の精神的負担が劇的に軽くなりました。

以前の僕は、無理に明るく元気な自分を演じて、後から本来の自分とのギャップに苦しんで深く沈み込むという悪循環に陥っていました。

しかし、キズキの先生の「取り繕わなくていい」という姿勢に触れたことで、ありのままの自分で人と接する方法を身につけることができたのです。

レールを外れてもどうってことない

不登校・中退・ブランクで悩んでいて、キズキへの入塾を迷っている人がいるなら、「先生が合わなかったら、(僕のように)すぐ先生を変えていい」という気楽な精神で一歩踏み出してみてほしいと伝えたいです。

それに、先のことを考えすぎると不安で動けなくなるので、「今日と明日」くらいに視野を狭めて、今この瞬間だけに集中することが大切です。

受験では長期的なスケジュールも大切なのですが、それはキズキの先生やスタッフが一緒に作ってくれます。

また、不登校などの状況にあると、「社会のレールから外れた」と感じて絶望するかもしれません。しかし、その先に進んでみると、周りは優しく受け止めてくれ、いい意味で「どうってことない」と気づけます。

家にこもってスマホを見ているのが一番傷つかない方法かもしれませんが、外に出て進んでみても意外と大丈夫なのだということを知ってほしいです。

一方で、自分の過去を誰にでも何もかも話す必要はありません。話す内容は、相手や場面によって選んでいいと思います。

僕自身、2浪のことは信頼できる人にしか話していません。その上で、話した相手からは、それを理由に嫌なことを言われた経験はありません。

保護者の方へ:家を子どもの安全地帯にしてほしい

不登校の子どもがいる親御さんには、「この先どうするの」「将来困るよ」といった問い詰めはしないでほしいと伝えたいです。

あせる気持ちは分かりますが、問い詰めたり強制したりせず、でも選択肢は示してほしいです。僕も、病院やキズキ共育塾を教えてくれたのは母でした。

そして、家を「子どもが安心して過ごせる安全地帯」であり続けさせてほしいです。そうした積み重ねが、必ず次の一歩につながるはずです。

最後に、次の一歩に進むために僕自身にすごく「効いた」方法をお伝えすると、「朝起きる時間を整えて散歩をすること」でした。