生徒の成長とベンチャーとしてのキズキの成長を間近で見ることができています


仁枝幹太
早稲田大学法学部卒業
中退予防事業・社会参加応援事業担当

理事長のブログに共感し、キズキでのインターンに参加


キズキを知ったきっかけは安田理事長のツイッターでした。

大学生活で打ち込んでいたNGOでの活動も一区切りついて、これから何をしようか、普通に就活しようか、と考えていたときに、ふとインターン募集のツイートが目に入ってきたんです。

そこからリンクをたどって理事長のブログを読んだときに、自分がNGOにいる間にもやもやと考えていることがはっきりと言語化されていると感じました。

僕はNGOで、カンボジア農村の孤児院に入って英語の教育支援を行っていたのですが、
「農村の子どもたちに教育支援をして都心の大学に行かせることが果して本当にその子どもたちのためになっているのか」、
「その子たちは本当に幸せだろうか」
とずっと考えていました。

安田理事長は「個人の幸せは自己肯定感によるものだ」という自分なりの答えを持っていて、言葉の一つ一つがしっくりきたんです。

そして、理事長自身のアカデミックな土台がしっかりとあった上で事業がある、という点が僕にすごく響いたのだと思います。

「これは確かに価値のある事業だ」と思えて、やってみようと思いました。

あのタイミングでブログを読んでいなかったら、キズキには来ていなかったなと思いますね。

就活を経て大手企業から内定獲得。しかしそれを辞退し、新卒でNPO職員の道へ。


キズキでのインターンと並行して就職活動をしていたのですが、もともと自分が何をやりたいのかわからないままで、思ったように選考が進まなくて精神的に参った時期もありました。

自分が1つの企業に就職することがしっくりきていなかったのでしょうか。

大手企業に内定をいただきましたが、「企業に就職することで自分の40年先の人生まで決められてしまう」ということへの漠然とした不安は、長く続きました。

就職活動の時点ではキズキへの就職は全く考えていませんでした。

僕は今まで中退とかドロップアウトといった挫折経験がなく、「若者支援こそが僕の一生の仕事だ」とは最初は思えなかったんです。

内定を辞退してまで行いたいとまではとても。

そんな僕の転機になったのは専門学校事業でした。

専門学校で、アルファベットが書けない生徒、軽度の発達障害を持つ生徒などとの出会いが衝撃だったんです。

今までの生きてきた中で、そういった人に出会ったことはありませんでした。

「彼らはどうやって社会に出るんだろう?どうやって生きていくんだろう?これは社会課題だ」と感じて、一気にひきこまれました。

もう1つのきっかけは、高校時代の友人がうつ病になってしまったことです。

彼は番長のように強かったんですが、大学受験や就職でつまづいてしまったんです。

うつとか挫折とか、高校時代の姿からは無縁な人が経験してしまったことが衝撃でした。

僕は大学に入学するまで、うつ病、ひきこもり、ニートといった人たちに関わる機会がなく、正直、そういう人たちってある意味甘えているのではないかという気持ちを持っていました。

今思えば、ステレオタイプで恥ずかしいなと思うのですが。

キズキでの支援やその出来事を通して、価値観も変わってきました。

本当は自分のとても身近にある問題で、キズキが行っているようなメンタル面での支援がもっと身近なところで、そして社会全体でも、必要とされているのではないかと思ったんです。

社会に必要だと思える仕事がしたいと思い、その中でもキズキの職員という形を選んだのには2つ理由があります。

1つは、若者への学習支援を行うNPOで、本格的なノウハウを築いてやろうとしているところはキズキしかないと思ったこと。

もう1つは、1年間インターンとして関わってきたことで、愛着がわいたこと。

僕がインターンの面接を受けたころは、面接はほぼ雑談、マニュアルがないどころか、面接の質問事項すら決まっていませんでした。

インターンとして採用されてすぐに全て任せられ、そんな状態の中から、手探りながらも講師マニュアルづくり、研修や面接の方法、講師募集の広報活動などに取り組み、どうにか仕組みらしきものをつくることができました。

そうやってキズキという組織を育ててきた、つくり上げてきたからこそ愛着もわいたのだと思います。

決意は固まった。しかし、親は猛反対。


就活を終えてから悶々と悩んではいたけれど、転機を迎えてキズキへの就職を真剣に考えてからは、プロボノの方やNPO経営者の方に相談しました。

でも、相談しようと思った時点で、もう自分の中でほとんど答えは出ていました。

あとはみんなに背中を押してもらいたかっただけでした。

そして幸い、相談させていただいた皆さんは賛成してくださったんです。

ただ、親は猛反対!

「内定を断りに行くから」と、もう自分としては完全に決心が固まってから話したところ、実家のある愛知から親が飛んできて、緊急家族会議が開かれました。

とにかく、「こんなところに就職したらまともに生活できないんじゃないか」、「大企業にいっておけば安定だ」、「結婚できないぞ」など、反対の一点張り。

「お前がやっているのは仕事ではなくてサークルのお遊びと同じだ」などと散々でしたね。

しかしそこで僕は、「どんな思いを持って支援を行っているか」ということを真剣に話しました。

大学入学から自分のしてきたこと、キズキでしてきたこと、自分の思いを必死に。

これだけのものをつくったという成果物を見せて、熱意で語って、事業の意義で語りました。こんなに自分の思いを本気で親と向き合って話したのは初めてだったと思います。

最後には、両親とも熱意を認めてくれて背中を押してもらえました。

やりがい


キズキで働いていてよかったと思うのは、「昔に比べて元気になった」、「きちんとした文章が書けるようになった」など、生徒の成長を目の前で見ることができるところです。

また、キズキはベンチャー気質がかなり強いところでもあるので、たとえば生徒数の伸びを直に見て、事業が大きくなっていることを肌で感じられるというやりがいもあります。

組織の成長スピードがとにかく速いです。

もちろん、難しさもあります。

支援という面から言えば、相手の気持ちを察することは本当に難しいと感じています。

口数が少なめ、上手くコミュニケーションがとれない、年齢も20歳前後で、ややもすれば大人な対応をとってくることもある。

その人が何を望んでいるのか汲み取るのに苦労することがあります。

しかしその中でも、生徒にとっては何がベストなのかを考えて支援にあたっていくということは心がけています。

ベストな答えは自分の頭で考えても見つからないこともあるので、そういうときは講師・スタッフととことん話し合って一緒に考えていきます。

僕個人としては、インターンの頃とは、仕事量も責任の重さもだいぶ変わりました。

求められる仕事の達成度、完成度は格段に上がりましたし、身が引き締まります。

自分がキズキでどんなバリューを出していきたいかは常々考えています。

僕以外のインターン生は、webのコーディング担当や財務担当など、それぞれ自分の専門性・スキルを持っている。

講師でも、それこそ現場に強いし、皆それぞれ強みを持っていると思います。

その中で自分がどういう強みを持って発揮していけばいいのか。

まあ、あまり考えすぎてがんじがらめになってはいけないと思いますが…。

まずは一人前になってから、自分なりの強みを身に着けてキズキで活かしていきたいと思います。

楽しいことときついことどちらが多いか比べたら、圧倒的にきついことの方が多いです!(笑)

ただ、きついのは当たり前のことで、困難な状況にある若者の支援が簡単にいくわけないんです。

そもそも難しいことにあえて取り組んでいる、挑戦しているから当然なんです。

それに、きついことがあるからこそ、ちょっとした変化、進歩がすごく嬉しいですね。

たとえば、通い始めたころは口数が少なく消極的だった生徒が、最近では、キズキに来る回数を増やしたり、アルバイトや家の仕事の手伝いもするようになった。

交流会も自分から参加したいといって楽しんでくれていて、通塾し始めたころからはだいぶ変わったなと。

自分から言いだせる子ではありませんでした。

些細なことですが、本当に変わったなと感じられて、嬉しいですね。

あとは、理事長というか、経営の力といいますか。

僕は本当にミスしてばかりで今まで何百回とミスしてきたんですけど、厳しいことは言っていても絶対に見捨てないんですよね。

懐の深さがある。他のスタッフに対しても、もちろん生徒に対してもそうです。

そういうところが、キズキ全体で生徒一人一人に向き合う風土を作っているのかなとは思いますね。

メッセージ


高校や大学の友人は、卒業後ほぼ全員大企業のサラリーマンや公務員になりました。

僕自身その中で、同級生と全く違う人生を歩み始めるのは、とても勇気のいることでした。

実際、悩んでいても結局一歩を踏み出せないという人は多いと思います。

しかし、飛び込んでみれば意外と何とかなります!

一番大切なのは、自分の興味関心に素直であることだと僕は思います。

もちろんNPOという業界に飛び込むことに、多かれ少なかれ心配は抱えるでしょう。

しかし、一歩踏み出すのをためらうと、それが一生後悔につながるのではないかと思います。

僕は毎日働いていて、「きついな」といつも感じているのですが、「辞めたい」とか、「他の会社に行っておけばよかった」と思ったことは本当に一度もないんです。

僕もいろいろな人に相談しましたが、結局決めるのは自分です。

自分の心の声にしたがってとにかく動いてみましょう!