1. 採用トップ
  2. 会社案内
  3. 代表挨拶

代表挨拶

キズキグループ代表 安田祐輔
キズキグループ代表
安田祐輔

キズキは、「何度でもやり直せる社会をつくる」という理念を掲げて活動しています。この想いが、私が事業を運営していく上での原動力となっています。

「人は尊厳によって生きている」――自分自身が経験した困難。それに対する一つの答えとして、キズキを設立

少し長くなりますが、弊団体を設立するに至った経緯をお話しいたします。

私自身、幼いころから家庭環境に恵まれず、小学校を卒業してからは住む場所を転々として生活してきました。

どこにも居場所が見つけられず、夜の街をさまよい、いつのまにか学校にもほとんど行かなくなりました。

自分が何をしたいのかも分からず、その生活から抜け出す希望を見出せず、鬱屈した毎日を送っていました。

そんな自分を「変えよう」と思ったのは、18歳のときです。

9.11のアメリカ同時多発テロ、アフガン空爆、イラク戦争と世界が動いている中で、「勉強をしたい」「社会に役立てる人間になりたい」と思うようになり、大学受験を志しました。

2年間の猛勉強を経て大学に入学すると、在学中にはパレスチナ、ルーマニア、バングラデシュといった国々で紛争や貧困問題に関わるようになりました。

特に印象に残っているのは、バングラデシュの娼婦街で生活しながら、農村から売られ働いている娼婦達を対象とした映画を制作していたころです。

現地で生活する中で、バングラデシュの貧困問題は、衛生・医療・教育など多々あるものの、決して餓死するという類の貧困ではないことに気づきました。

貧しくても、幸せそうに生きている人々がたくさんいる。

一方で、イスラム教国における極貧の農村にいるよりは、はるかに所得もあり、自由も保障されているはずの娼婦たちの中に、リストカットを何度も繰り返す者がいる。

そこで私は「人はどんなに貧しくても、お金や暮らし向きによってではなく、尊厳によって生きている」ことを知りました。

だから、困難な状況にある人々を支援する仕事、人の尊厳を守るような仕事をしていきたい、と強く思うようになりました。

しかし、大学卒業後に就職した会社では、その思いを形にすることはできず、苦しみました。

悩んだ後に会社を退職し、何ができるかを考えていく中で、“尊厳を傷つけられている人”として最初に思い浮かんだのは、10代のころの自分の姿でした。

昔の自分と同じように苦しむ人に対して、それを乗り越えてきた自分だからこそできることをしたい。

そしていずれは、10代のころに経験した出来事だけでなく、発展途上国での経験、うつ病で会社員を辞めた経験など、自分がこれまで経験してきた一つ一つの出来事に、自分なりの答えを出していきたい。

こうして、2011年夏にキズキを設立いたしました。

設立6年で困難を抱える若者を支える総合的な支援機関に。今後は“社会”にも目を向けていく

起業後6年あまり経った今(2017年5月)も、「あらゆる社会事業は、最も困難な状況にある人を支援するためにあるべきだ」という信念の下で、事業を展開し続けています。

幸い、2011年8月の設立から6年で、キズキは、様々な困難を抱える若者たちを支える総合的な支援機関となりました。

今では、中退・不登校経験者向けの受験塾(キズキ共育塾)、大学での学習センター運営に加え、専門学校を中心とした教職員研修、新宿区での就労支援事業、ベトナムでの海外インターンシップ事業などを展開しています。

様々なアプローチで若者の後押しができる基盤を作り上げられたことで、自分の創業当時の思いは形にできてきたと感じています。

そして組織が成長するにつれて、より強く“社会”を意識するようになりました。

これからは、個別で一人ひとりを支援するだけではなく、社会全体を変えられるような事業を展開したいと考えています。

具体的には、近い将来、中退・不登校に関わる支援だけでなく、うつ病の支援など関連する領域での事業、さらに海外での事業展開にも取り組んでいきます。

そして、もっと多くの人に手を差し伸べられるような組織に成長させていきます。

これからも、困難な状況にある人々が幸せに生きるために必要な事業を、一つ一つつくっていくつもりです。

社会の課題を解決していく経営者であるために

キズキという組織が大切にしていることは「行動規範」に記載してありますが、私個人が「経営者」として意識していることもあります。

1つ目は、“本当に困難を抱える人達を支援すること”です。

NPO法人・株式会社などの法人形態に関わらず、「社会事業」を自負するのであれば、既存の仕組みでは支援の手が届かない人々を支援するためにあると私は考えています。

代替手段が他にあるのならば、あえて私たちが事業を行う必要はありません。

「このサービスは本当に困難を抱える人々に必要とされているのか?」と日々問い続けながら経営をしてきました。

2つ目は、“社会の課題を解決すること”です。

弊法人は塾の運営(学習教室事業)や専門学校の中退予防事業を通じて、現在進行形で500名前後の若者を直接支援しています。

しかし、直接的な支援だけに満足するのではなく、目線を上げて“社会の課題を解決する”という視点も大切にしなければなりません。

だからこそ、教育機関向けの研修・教材の作成など、間接的な支援による社会全体の課題解決も目指しています。

そして3つ目に“安定経営を維持するため十分な収益を確保すること”です。

12歳のころから家族の元を離れ、各地を転々として生活してきた私にとって、生活できるお金を稼ぐことは非常に重要なことです。

キズキの経営を守ることは、キズキの職員を守ること、そしてキズキの生徒さんを守ることにもつながります。

職員に他の民間企業と遜色ない給与を払い続けるために、業務の効率化、営業、マーケティング等を怠りません。

キズキの仕事

今、キズキでは、社員約20名、アルバイト約100名が働いています。

中退やひきこもり、うつ病等の経験がある者もいれば、これまでそれなりに順調に生きてきた者もいます。まだ大学に入学したばかりの学生もいれば、大企業で活躍してきた社会人もいます。

しかし、ただ一点だけは、全ての職員に共通しています。
それは、“様々な困難を抱える人たちに徹底的に向き合う”という姿勢です。

・「独り善がりにならず本当に目の前の人たちのためになる支援とは何か?」
・「インパクトを持って、社会の課題を解決するためにはどうすればいいのか?」
一人ひとりが常に最適解を追い求めています。

そして、かつては挫折から立ち直れずにいた目の前の方が一歩一歩成長していく姿に、私を含め職員全員がたくさんの感動を受け取っています。

「私には難しいかもしれない」「教育業界の経験がなくても大丈夫か」「塾講師経験がなくても大丈夫か」など、応募を迷っていらっしゃる方々も、たくさんいらっしゃると思います。

ですが、経験は不問です。キズキは、「様々な困難を抱える人たちに徹底的に向き合う」姿勢がある方であれば、歓迎いたします。

安田祐輔経歴
やすだ・ゆうすけ。1983年神奈川県生まれ。国際基督教大学(ICU)教養学部国際関係学科卒。暴走族の下っ端から一念発起し、20歳のときに大学に合格。一時大学を休学しルーマニアの研究機関に勤務。主に紛争解決に向けたワークショップのコーディネートなどに携わる。大学卒業後、総合商社勤務を経てキズキを立ち上げる。

(2017年5月22日一部改訂)