食べ物の世界史〜面白く、そして役立つ歴史のお話〜(半村講師)

食べ物の世界史〜面白く、そして役立つ歴史のお話〜(半村講師)

2013年4月22日 月曜日 投稿

キズキ共育塾・講師の半村進と申します。

キズキ共育塾では、英語や国語、地理、世界史などを教えています。

雑学が好きでいろいろと役に立つか経たないかに関係なく、知識をため込むのが趣味です。

今回は、世界史関連でちょっと面白いと思うお話をと共有してみたいと思います。

実は受験で役に立つネタも含まれていますよ!


お茶はなんで英語で「tea」って呼ぶの?

では、まずはお茶の話から始めましょうか。

みなさん、お茶は飲みますよね?

日本語では茶は「チャ」となります。
そして英語では「tea」ですね。

「バカにするな、それくらい知ってるよ」って?

ではフランス語、ドイツ語、ロシア語、トルコ語、ポルトガル語では何というか知っていますか?

実はお茶はどこの国でも「チャ」か「テ」に近い発音になるのです。

英語は「テ」に近い側、日本語は「チャ」に近い側になってます。

フランス語は「テ」、
ドイツ語は「テー」、
オランダ語も「テー」、
スリランカ(インドに近い島国です)は「テーイ」と呼ばれます。

一方、ポルトガル語では「チャア」、
アラビア語では「シャア」、
トルコ語では「チャイ」、
ギリシャ語でも「チャイ」、
ロシア語では「シャイ」、
朝鮮半島では「チャ(あるいはサ)」です。

なんでこんなことになったのでしょうか?

これはお茶の歴史に原因があります。

今でこそ世界中で飲まれるお茶ですが、昔は中国人のみがお茶の作り方をマスターしていました。

そもそも、お茶の木自体が中国でしか育てられていなかったのです。

外国から見たらお茶は謎の飲み物。

でも飲みたい人は(特に17世紀ごろから)どんどん世界中で増えていきました。

そうなると、高くても中国から買うしかありません。

各国の船が中国の港に先を争ってやってくるわけです。

ところが、当時の中国王朝は海外との貿易を自由にやることは許しませんでした。

日本の「鎖国」と似たようなものです。

中国は外国船が入ってきてもいい港をいくつかに限定していました。

その「いくつかの港」があったのが広東省と福建省です。

地図を見ていただければわかりますが、どちらも中国南部にある省(省というのは日本の県のようなもの)です。

そして中国は広いので、場所によって中国語の発音なども大きく異なっています。

今でも中国語には色々な方言があるのですが、昔はテレビやラジオもありませんから、各地の発音には一層大きな差がありました。

もうカンのいい方は気がついたかもしれませんね。

実は広東省ではお茶は「チャア」、福建省ではお茶は「テ」と呼ばれていたのです。

つまり、どの港からお茶を買っていたかで
「この飲み物はチャアっていうんだ」
「この飲み物はテっていうんだ」
という認識が別れたのです。

その呼び方が世界中に広まったというわけですね。

ちなみにあなたは、
西洋では「お茶といえば紅茶」、
東洋では「お茶といえば緑茶」
と思っていませんか?

でも実はイギリス人やフランス人も緑茶を喜んで飲んでいたのです。

そして紅茶も実は中国で大昔から作られていました。

西洋に紅茶が広まったのは18世紀ごろだといわれます。

それ以前は西洋でも「お茶といえば緑茶」だったんですよ。

僕たちのご先祖の日本人はやはり地理的に近いだけあって、平安時代にはもうお茶を輸入していました。

ただし、薬として。

飲み物としてお茶が広まるのはもっと後のことです。

どうでしたか?
「これが受験で役に立つの?」と思う方もいるでしょう。

でも上に書いたようなことを知ってると「アヘン戦争」とか「世界貿易」とか言われるややこしい世界史の分野にも少し興味が持てるかもしれません。


カボチャの煮付けやキムチは伝統料理?

日本では「冬至の日にカボチャを食べるとよい」という風習もありましたし、お隣韓国では「キムチを家で作るための冷蔵庫」なんてものもあります。

すっかりそれぞれの国の食生活に欠かせないものになっています。

しかし!カボチャもキムチの材料のトウガラシも、もともとはアジアに存在しませんでした。

では、どこからやってきたのでしょう?

カボチャ、トウガラシ、トウモロコシ、トマト、カカオ、ジャガイモ、サツマイモ、タバコ…今あげたものは実はすべて南米が原産地なのです。

そして、これらの作物が故郷の南米を離れて別の大陸に持ち込まれたのはどれだけ古くても500年前程度です。

つまりカボチャやサツマイモやトウガラシを使った料理がアジアで生まれたのは、全てそれより新しい時代の話です。

カボチャの煮つけや麻婆豆腐、キムチといった料理の数々、僕たちは当たり前のものだと思っていますが、平安時代や鎌倉時代には決して手に入らないものだったんですね。

最後になりますが、「カボチャ」という言葉、実はある国の名前がもとになっています。

「カンボジア」という国です。

カボチャが日本に持ち込まれたとき、当時の日本人は「カボチャはカンボジアの食べ物だった」と思い込んでしまったのです。

カンボジアは東南アジアの国(遺跡で有名です)ですが、実はもっともっと遠くからやってきたんですよ。

どうでしたか?

今日は二つだけになってしまいましたが、機会があればもっともっといろんなお話を書いていこうと思います。

もちろんこの文章を読んでくださったあなたがキズキに来てくださったとき、僕に質問していただいてもかまいません。

これで世界史に興味を持った方が少しでもいてくだされば、とてもうれしく思います。


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