古文の楽しみ方—読書体験としての古文(千葉講師)

古文の楽しみ方—読書体験としての古文(千葉講師)

2013年4月25日 木曜日 投稿

講師の千葉です。

いつもは英語について書いていくことが多いのですが、今日は生徒さんからリクエストがあった古文の勉強法について書いていこうと思います。


“読み物”としての古文

キズキ共育塾の指導の中で気づかされたことですが、「古文が苦手」という生徒さんは「古文を”読み物”だと思っていない」という特徴があります。

僕たちは「古文」という言葉を耳にすると、いかにも教室で習う難解な日本語を思い浮かべますが、その中身は1000年前の日本人たちが日常の読み物として接していたものなのです。

竹取物語や源氏物語という本は、当時の貴族たちのベストセラーでした。

和歌というものは、男女が恋の約束を交わすための大切なツールでした。

僕たちはついつい難しい顔をして古文に向かってしまうものですが、少し肩の力を抜いて「読書」として古文に触れてみてください。

「この主人公はどんな髪型だろう」
「かぐや姫はどんな服を着ていたんだろう」
「どんな男性がモテたんだろう」
そんな素朴な疑問を大切にしてみてください。

平安時代の貴族たちも、書物の中でしか出会えない登場人物たちに想いを馳せ、ウットリしながら古文を楽しんでいました。

皆様もそんな気持ちを大切にしてみてください。


「裏・日本史」としての古文

古文という科目のもう一つ大切な側面は、「裏・日本史」だということです。

高校で勉強する日本史という科目は、政治と経済の歴史が中心です。

逆に言うと、政治と経済の面から日本の社会を見直すのが日本史という教科の役割です。

しかし、日本という国は政治と経済だけで成り立っているわけではありません。

政治の世界の中では政治で活躍する人間がおり、経済の世界の中では経済で活躍する人間がいます。

1000年前の社会の中で、生き生きとした人間の姿があったのです。

古文という科目は、日本史では勉強できない「一人ひとりの日本人の姿」というものを学ぶものです。

平安時代の政治の特徴は「摂関政治」です。

この「摂関政治」という統治形態の中で、大きな成功をした人物もおり、涙を飲んだ人物もいます。

「大鏡」という作品の中では、こうした「摂関政治」の中で成功をした人物、涙ながらに権力の座を奪われた人物の姿が生き生きと描かれています。

「今昔物語集」の中では、当時の庶民の暮らしが民間伝承・宗教思想の面から描かれています。

歴史と呼ばれるものの中に埋もれてしまったリアルな人間の姿を、古文の中から見つけてみてください。


受験で聞かれていること

最後に受験の話をさせてください。

「古文」という出題科目で出題者が受験生に尋ねたいことは何でしょうか?

細かな単語や文法事項というものは、出題者が皆さんに尋ねたいことの一部に過ぎないのです。

出題者が本当に尋ねたいとことは、単なる「あらすじ」と「文法」ではなく、登場人物の「心」です。

これは難関大学であろうが、センターであろうが、古文を解いていく上での大切なポイントです。

「どうして登場人物は泣いたのか?」
「どうして和歌を詠んだのか?」
こういった視点が最も大切です。

そして、登場人物の「心」というものは、古文に特有なものではありません。

現代の私たちに通じるものであるからこそ、古文はいつの時代も大学受験の出題科目として選ばれており、現代の私たちが「解く」ことができるのです。

文法や単語の煩わしさを超えて、登場人物に自分を委ねてゆっくりと古文を読んでみると、苦手な古文がいつのまにか「読めた」という実感に変わっていきます。

古文という教科を勉強できるのは、良くも悪くも受験期のごくわずかな期間に限られています。

せっかくですから、一生の思い出に残る読書体験として古文を楽しんでみてくださいね。


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